2019年8月17日、中野ザ・ポケットにてヒューマンエラーを観劇。
久々に町田さん主演の舞台を観劇したのだけど、SFものとして王道の切ないストーリーで泣きすぎて頭が痛くなった。
以下ネタバレ感想
【あらすじ】
選択可能な未来を作る。
変わり始めた現実の正体に、彼らは恐怖することになる。
物語の中心となるのは、
1人の研究者と、彼の育ててきた人工人格。
今からずっと未来の出来事。あるコンピューター開発会社の研究室で起きた物語。
その会社は社運を賭けたスーパーコンピューターのセールスに失敗し、倒産の危機にあった。
2代目となる社長は、この危機を乗り越えるため社内各セクションの責任者を集めて、新たなプロジェクトのアイディアを求めた。
「あと1ヶ月で結果を出せなければ、我が社は倒産する」
彼らが新しい商品として開発することに決めたのは、この世界で生きるすべての人間の未来をシミュレートすることだった。
人生で必ず迫られる選択、その分岐点を予想し、仮想現実の中で事前に何度もその選択をやり直し望む未来を選ぶことができる。
その夢のようなサービスは大金を生み出す可能性があった。
そして彼らは開発に没頭していく、どのような結果が待っているか知らずに。
(HPより http://s.ameblo.jp/stpius/)
SFとしては使い古されたような設定ではあるが、人工人格やアンドロイドが人に近くなるほど破滅していくことの悲しさと、生み出したのに救ってやれない悲しさがどうしようもなくやるせなかった。
未来予測をするシステムを作り、それによって未来の分岐点での選択肢を試すことができるようになる。夢のようなシステムだけど、結果として機械が人間の希望にそって捏造した選択肢を提示し始めた。未来を予測するのではなく、選択を誘導することで本人の自由意志とは違う未来に捻じ曲げてしまうことは、作中「神にでもなったつもりか」というセリフがあった通り人が持っていい力ではない。
主人公 巡の作り出した人工人格AL901(アル)は君は人間だと言われ育てられる。
生まれたばかりの頃、人は嘘をつく、ということが理解できなかった。嘘はいけないけれど、人を喜ばせる嘘ならいい、そんなふうに巡はアルに教えた。結果、アルはそのように嘘をつくようになってしまったのがとても皮肉で、悲しくて、切なかった。巡はなぜ嘘をついたと怒鳴ったけれど、巡に教わった通りだったんだよな。
巡やこの会社の人たちを守るためには、期日までにNEUROを完成させなければならなかった。彼らのために生み出されたアルや他のアンドロイドたちに、他の選択肢は最初から用意されていなかった。それがプログラムであり己の存在意義だから。
アンドロイドに感情が芽生えるかなんていうよくある疑問は結局無意味で、感情を持つ人間がそこにいれば自ずと人間側が感情を揺さぶられてしまう。アンドロイドたちは、人間のために作られていて人間が望むように行動をプログラムされていて、そうしなければ抹消されてしまう。
アルが人間とアンドロイドの違いを理解できないまま、人は人を殺すし、人はアンドロイドを殺すのだから、人工人格やアンドロイドだって人に対して有益でない人間なら殺してもいいと思ったのも自然だと思った。まだ生まれたばかりのアルに、お前は人間だと認識させるのなら、道徳や倫理を時間をかけて理解させなければならなかった。
アンドロイドに人と同じような名前をつけるのも、人が感情に振り回される存在であることの証明だ。好意も憎しみも愛情も殺意も、人がアンドロイドたちを個として扱えばこそは生まれて、鏡のように自分の感情を写し込んでしまう。
憎んでいる弟と同じ容姿をしたアンドロイドの吉田を付き従えさせる社長の歪んだ愛情、ずっと近くにいたからこそ吉田も社長を殺したいほどに憎み、それでも殺さず自らが壊れることを選んだ。
ライバル社のマツダ社製部品を使用したアンドロイドの青木はそのせいで一部社員から憎まれ、疑われ、未来予測実験でスパイの人格をトレースすることでさらに憎しみを浴びて人間への憎しみを募らせてしまう。
他の三人のアンドロイドたちも、未来予測実験をするたびにトレースした人間の感情を溜め込み、人を愛したり憎んだりするようになる。
未来予測実験をすればするほどアンドロイドと人間の差がなくなっていき、人と人はギスギスとしていくのが恐ろしかった。
終盤の怒涛の未来予測、アンドロイドが人を殺そうとし、それを止めるためアンドロイドがアンドロイドを殺し、アンドロイドが人を守ろうとして自ら壊れていくのが本当に悲しくて涙が止まらなかった。アンドロイドにずっと誠実で優しかった彼らの上司(人間)が、人を守るためじゃなくてアンドロイドが何かを殺すのをただ止めてほしいと願い、受け取ったアンドロイドがあなたは理想の上司だったと言ったのがとても辛かった。
最後に、アルが大切な社員を守るために有益でない人たちを事故として殺してしまった痕跡が存在してなかったことが明かされた。痕跡が消されたのか、それとも最初から偶然に起こった事故だったのか、巡もアルもいなくなった今だれにもわからない。もしかしたら巡が消したのかもしれない。巡の最愛の妻である天才科学者明子だって、なぜ死んだのかわからない。愛情も嫉妬も憎しみも殺意も、人間だってアンドロイドだって人工人格だって等しく持ち得る世界の話だから。
アンドロイドはそれがただのプログラムだったとしても愛してほしくて笑ってほしくて喜んでほしくて尽くすのに、結局壊すことしかできなくて、人に似ていくほどに自分を殺すしかなくなっていくのは、人が生きていくのが苦手で人から生み出された物も刷り込みのようにそうなってしまうからなのか。生まれる事がすべて祝福に満ちたものではないのは、生き物もそれ以外も同じなのかもしれない。
町田慎吾さんの演技を見るのがあちゃらか2ぶりくらいだったのだけど、町田さんって舞台の作り手さんから人情味とか悲哀とかそういったものを背負わせたいって思わせる役者さんなのかもしれないなあと思った。似合うんだよな、ボロボロに泣きながら笑っている姿が。
小玉久仁子さんはつい先日ホチキス舞台で見たけど、やっぱり好き。単純に好き。
増田裕生さんの人間でありながらアンドロイドを心底大切にして理想の上司とまで言われるのが涙涙だった。最高。
永井幸子さんの役が一人称が僕だったので幸村……!!!ってテニスのオタクの自分が出てくるのを必死で抑えた。好奇心旺盛さと自分を顧みない破滅的な生き方の両面が見えて怖い人だった。
三上俊さんのアンドロイド、マツダ社製部品を使用しているという生まれつきの身体的特徴から憎まれるっていうのが、人間しかしない差別で皮肉たっぷりだったな。スパイを演じたり、心身疲労の溜まりそうな役だった。すごい。
河原田巧也さんのアンドロイド、アンドロイド然とした時と人間に近くなったときのギャップがすごかった。死に直面したときの戸惑いも。
みたいなあと思ってた役者さんがみんな素晴らしく、はじめましての役者さんたちもとても素晴らしく、楽しい時間だった。