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母と惑星について、および自転する女たちの記録 観劇感想

2019年3月23日、紀伊國屋ホールにて 母と惑星について、および自転する女たちの記録を観劇

舞台上にいろんな感情が渦巻いて、それが感染ってしまったように自分の中にもぐるぐると感情が渦巻いて、知らない間にびょうびょう泣いてしまう舞台だった。4回目のカーテンコールで役から抜けたシオ役の芳根京子ちゃんの号泣が可愛くて、それを励ましている美咲役の田畑智子さん、優役の鈴木杏さん、母 峰子役のキムラ緑子さんの舞台上での激情に塗れた母娘の姿とは違う笑顔のきらめきが素敵で、自然とスタオベが発生していた。スタオベって、立つぞ!という気合に満ちた人たちがやるものなのかな?という偏見があったけど、こんなふうに自然と湧き上がるものもあるんだなあと思った。
以下ネタバレ感想です。感想というか纏まらなくてストーリーを反芻してるだけな散文。

 

 

「私には重石が三つ必要たい、じゃないとさっさと好きなとこ飛んでいくけん」
三人の娘たちに毎日のようにそう言い、奔放に生きて突然死んだ母 峰子。ギャンブル酒タバコ男男男、母親らしいことなどまるでしてはくれなかった峰子の遺骨を抱え、三姉妹が生まれ育った長崎を出てイスタンブールを旅していく中で死んだはずの母の姿を見る。
長女 美咲は都内でフリーライター、次女 優はバンドマンと結婚し専業主婦、三女 シオは一人実家に残り長崎市内の土産屋で働いている。美咲は執筆中のエッセイ、優は夫にLINE、シオは恋人に手紙、それぞれが旅の中で母と姉妹と向き合って苦しんで迷ってそれを言語化することで、整理して消化して前に進んでいこうとする。

観終わったあと、この長くて不思議なタイトル「母と惑星について、および自転する女たちの記録」の意味がストンと腑に落ちる。自分たちを傷つけてきた母親を憎みつつ、それでも母親に惹きつけられてそのまわりをクルクルと回り続ける惑星である娘たち。憎んでる、どうでもいい、愛したかった、愛してほしかった、どうすればいい、とのたうち回り母と向き合う自転の記録の物語。その母親自身も、惑星だったことが後々わかって悲しくて切なかった。

娘たちの母親へのしがらみの強さがそこかしこにあった。
美咲は母親のようになりたくなくて結婚は向いてないと言い、一途に思ってくれる人がいるが色んな人と付き合っては別れてを繰り返す。優は専業主婦になりたいと条件をつけ結婚したが夫はバンドマンで派遣社員で借金がある。シオは恋人にプロポーズされたが保留し妊娠している事を隠している。みんな母 峰子との血の繋がりを怖がっている。
何よりイスタンブールへ散骨しようと思ったのは、母がよく「飛んでイスタンブール」を歌っていたからだ。異国の地に来ても、何度も何度も母の姿を思い出してしまう。自由奔放に好き勝手に生きたくせに、こんなところを出て飛んでいきたいと、自分たちを重石だと言い続けた母親が何を欲しがっていたのか、何もわからないまま勝手にいなくなってしまった。

三姉妹それぞれが、母親に似ている言動をするたび悲しいくらい母娘なんだとわかった。美咲の、責任感が強く聞き分けが良さそうに見えて実は一番我を通すところ、一人の男に長続きせずすぐ他の人に目移りしてしまう所、口ごもり黙ってしまう相手にはっきり物を言えと突きつけるところ。優の、愛嬌があり感情を素直に表に出す明るく魅力的なところ、時に悪いことだと知っていても目的のために手段を選ばないところ、金にがめついところ。散々似ていないと言われたシオも、幼少期に母をネギで叩いた時に「食べ物!」と怒鳴られ叩かれたときと全く同じ言い方で、ご飯を投げつけてきた母に「食べ物!」と言い返したところ。

三姉妹が幼い頃、峰子は美咲が作ったご飯をマズイと言い、シオにお金を渡して寿司を買ってこいと言った。口紅を万引きした優に、万引きしたことでなく無様にバレたことを詰った。シオを森に連れていき、ここで待っとりなさいすぐ戻るけん、と言ったまま戻ってこなかった。泥酔している時に、シオにだけ何度も何度もお前だけ父親が違う、私に似ていない、その目その立ち方が父親にそっくりだと詰った。
美咲が上京する時、母 峰子にペンを贈った。峰子はいっぱいあると言った。出ていく娘に、出ていくことを許したのは私だと、まだ二人自分の面倒を見る娘がいるから許した。美咲自身の力で出ていくわけじゃないのだと、そしてお前は私に似てるから男に気をつけろとにこやかに釘を刺した。
優は受験の年にラブレターの添削を峰子に頼んだ。字が汚いきれいな字の人に書き直してもらえ、長い、星だとかなんだとか何かに例えるな気持ち悪い、バンドマンなんて専業主婦になりたいんじゃないのか、なんで私に頼む。お父さんとはどっちがプロポーズしたの?うまくいきたいから、お母さんより。峰子は、お前が一番かわいいよ、と言った。
シオは自分の妊娠を母に相談しようとしたのに、男を連れ込んでいることに絶望し、その男が土産屋にやってきて自分を誘ってきたこと、母が不在のときに自宅に来て身体に触ってきたことを告げ、ひどい人だと思うと伝える。お前が言わなければ何でもなかったのに、最後のはしごを壊した、お前が言ったからもう戻れない。いつもはハッキリ言えというのにハッキリ言ったらこれだ、妊娠している、でも産まないと告げる。峰子は「産め」と叫んだ。

峰子が娘たちに対して愛情が欠片もないとは思わなかった。娘たちが背を向けて自分を見ていない時に限って、振り返り視線をやった。全く何も思わないわけではないんだと感じた。
峰子自身も母親に虐げられてきて、母がいい母親であることを世間に証明するための道具として扱われ、しつけと称して痛めつけられ、厳しく育てられたこと。原爆の後遺症がある母に「あんたの身体の中には私から引き継いだ原爆がある」から産むなと言われて、それでも3人の子供を産んだこと。母の呪縛から逃れたかった峰子が同じように子供たちを呪いで縛ってしまうことが悲しかった。
峰子の母が死んだとき、眠るように安らに死んだことを許せないと、優が万引きした口紅で死化粧をした。くちびるからぐちゃぐちゃとはみ出していた。そして三人の娘に、自分が死んだら落書きしていいと言った。自分が母を憎んで、それでも憎みきれず愛して欲しかったこと、許したかったことが、娘たちも同じ思いなのだとわかっていたんだろうか。何度も何度も母親を憎んで、古く狭い土地のコミュニティーの中で見捨てる事も自由になる事もできず、飛んでいけない自分を哀れんで、若く未来のある娘たちが手にしていくかもしれない自由と幸福を母娘としてでなく個人としてどうしても妬んで僻んでしまう。
峰子は娘たちに「あんたらがどんな母親になるか興味がある」と言った。その時の淀んだ声色は自分の様になればいいとも、自分の様になるなとも受け取れるようだった。
妊娠していると告白したシオに「産め」と叫んだ、そのひび割れた痛々しい声がすごく印象的で、心に残った。

峰子の遺言には葬儀屋と寿司屋の電話番号が書かれていた。葬儀屋に連絡するともう葬儀代を受け取っている(でも半分くらい足りない)と言われ、寿司屋に電話すると特上寿司の注文と代金を受け取っていると言われる。遺言には一言「感謝しろ」と書いてあった。

結局、自分が体験したり見聞きしたことでしか何かを伝えられなくて、愛したかったこともうまく生きていきたかったことも、呪縛の外で誰に何をどう思われようと自分を生きろということも、娘たちがわかるようには表現できなかったんだと思った。峰子が狭いコミュニティーから抜け出すことができたのなら、そして娘としてじゃなくて人と人として出会ったなら、もしかしたらもっと別の良い関係性もあったのかもしれない。

旅の途中、三姉妹が険悪になるところで、誰が一番母親からひどい仕打ちをされたか、アンタはまだマシだ私のほうがこうだった、あんたはまだ可愛がられてた、なんて言い合うところがなんだかすごく悲しかった。普通の姉妹でもあることだと思う。姉のほうが妹のほうが愛されている、可愛がられている、優先され優遇されている、ずるい。でもこの姉妹は不幸合戦になっていて、より酷いことをされたほうが勝ちみたいになっていて悲しかった。誰かより自分のほうが傷ついているなんて、主張しあわなくて良いし、痛みは自分しかわからないんだからそんな比較なんて意味がないのに。

母の散骨のための旅の中で、騙されてバカみたいに高額な絨毯を買ってしまったこと。でもそれが、美咲が忘れていた峰子と最後にした会話「絨毯がほしい」というものが無意識のきっかけだったこと。宿泊先の近くでテロが起こって十数人が死んだのに、そこにいる人たちは普通に生活に戻っていくこと。田舎の寺院に行って美しい景色を見たこと。帰りに歓喜にあふれる結婚式を見て、3人ともが笑顔になれたこと、その祝福のための踊りに参加したこと。異国の地イスタンブールで散骨した。自分たちが生きている日常とは別の非日常の中で、死んだ母ともう一度出会いきちんと別れ、自分はどう生きていくのかを見つめ直して、未来に対して少しだけ明るく進める気持ちになったことが静かに自然に描かれていた。

散骨のシーン、とても明るくて好きだった。分け合った遺灰を指の隙間から落としていく、こぼれていく母親の命の痕跡をながめる美しいシーン。キムラ緑子さんの演じる、圧倒的な存在感で自分勝手でおおよそ母親らしくなかった峰子の、それでもどうしたって憎みきれない明るくて愛嬌があって、アンバランスで不安定に見えるから放っておけないようなひどい人の、最期が静かでさみしくて、でも狭い日本よりずっと明るくて自由で彼女にふさわしい場所とも思える命の終わり。それを見ている三姉妹の、自分たちの命を生きようとする前向きな顔が、印象的だった。

すごく雑な言い方をすると毒親と娘の物語なんだけど、閉鎖的な環境で連鎖していく母娘の呪いと、痛みを知っているもの同士でも傷つけ合う悲しさと、答えが見つからない煮詰まった苦しみの先に少しだけ見えはじめた何かが、やわらかく明るいものだったことが母 峰子にとっても救いになるのかもしれないと思った。

全然まとまらなかったけど、ものすごくおもしろい舞台だった!ストーリー自体もだけど、まずなんのストレスもなく物語に入り込ませてもらえること、そこに渦巻く感情に素直に振り回され翻弄されることの気持ちよさがすごい。
演出も映像も照明も全てがストーリーと演者を邪魔せず好き勝手に語りすぎない。場面場面の感情や場所の変化にしずかに美しく自然に寄り添う照明で、場面転換のテンポの良さをスムーズにし、今どこに居るシーンなのかが自然とわかり、三姉妹の感情の変化をより注視しやすくしていた。ストーリーと登場人物の感情とその背景についてだけにずっと集中させてもらえたのが幸せだった。

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