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インクルージョンボックス

私の内包物をつれづれと

舞台「口紅」 観劇

2016年11月14日、赤坂レッドシアターで舞台「口紅」を見てきました
先日見た舞台が相性が悪く、今回またストレートプレイだしどうかなと不安だったけど、良い意味で大幅に裏切られてものすごい衝撃を受ける作品だった。
見ていて正直ものすごくしんどかった。また見たいと思った次の瞬間にもう絶対二度と見たくないとも思う作品だった。誉め言葉です。

 主演として石田隼さんの名前はあるものの、ひたすらに「日常」のなかの「非日常」を描く群像劇だったなと。

ただ、主演としての存在感もはっきりとあり、彼を見ていて、共感も嫌悪も感じたし、微笑ましさも底冷えするような恐怖も感じたし、安堵も吐き気も感じた。

登場人物は、スイミングクラブのインストラクター4人、中島保(石田隼)、春日雄介(瀬尾卓也)、下平春道(村田恒)、紅一点の江上早苗(青野楓)。
スイミングクラブを経営する金子和人(酒向芳)と新しく配属されたマネージャーの阿部聖子(ふじわらみほ)。
中嶋と中学の時の同級生で、現在息子をこのクラブに通わせている前田珠里(長谷川るみ)。
高校教師だった春日の元教え子で女子高生の関口志保(緒方もも)。
たったこれだけの人数で、なんてことない日常を描いているにすぎないのに、あまりにも強烈に人の裏側を見せつけられて観劇後どっと疲れた。

フライヤーと公式HPから見るに、言葉は「日常の中の凶器」であり使い方次第で死を呼び寄せるものというのがキーになっているのかなと思った。
見ていて途中で何度、もうやめてくれーーーーーって叫びたくなったことか。コミュニケーションとれてると勘違いしたまま続いていく会話のなんて不快で、なんてありふれた光景なんだ。
人の逆鱗はすぐそばにあるし、人の死もすぐそばにある。
綺麗は汚い、汚いは綺麗。
人が笑ってるときは怒ってるときだし、共感してるときは興味ないときだし、誉めてるときはdisってるときだし、ほんと誰も信じられないと思わせてくれる作品だった。

言葉って本当に凶器で恐ろしいんだけど、それに気づけるのはこの舞台を俯瞰で見ているからなんだなとも思った。
終始繰り広げられる会話劇で、その無自覚の悪意とか自己防衛とか虚栄心とかで鋭くとがった刃が飛び交って、傷つけてるのに本人はまったく気づかず会話が続いていく感じのじわじわとした気持ちわるさ。
真綿で首を絞められてるみたいな閉塞感、見たくないものを2時間ぶっ通しで見せつけられて地獄かと思った。

誰もが誰かと対峙しているとき、必ず演技をしていて、対誰か用の自分になっている。
劇中、人がいる中で電話をするシーンが多数あるんだけど、その気持ちわるさは、自分以外の誰か用に演技している様を見られている状況を見せられているからなんだろうな
電話をしている相手に向けて演技をしている、普段の対自分用でないその人の姿を見せられている自分という現象を俯瞰で見ている。
それが本当にもうぞわあああってなる。けど、きっと誰もが当たり前にしていることなんだな。

石田さん演じる中嶋は比較的善良に見える悪く言えば八方美人の男で、押しに弱いのか何でも割と受け入れてしまうし、よくわからなくてもすぐ同意や共感を示して見せるけど、彼が逆鱗に触れられた瞬間、まず薄く笑って目を伏せてため息と一緒に感情が抜け落ちていく感じがこわかった。何度もあるんだよ、その瞬間。
でも周囲には気づかれない。だから突発的にキレたように見える。
同僚の春日もそう。よく腹を抱えて笑うキャラクターで、笑いすぎって言われるけど、本当に笑っているかなんて本人にしかわからない。
春日が逆鱗に触れられた瞬間は、悲しみと絶望と怒りで笑っていたのに何か楽しいことでもあったのかと聞かれたからだった。
下平は有名人の知人の話を周囲に何度も何度もされて、本人も若干それを自慢しているようにも見えていたのに、本当はその知人のことが心底大嫌いで劣等感にずっと苛まれていた。
自分自身に価値がなく、有名人の知人であることだけが価値になっている自分が結局どうしようもなく嫌いでしかたなかったのかもしれない。
江上は自分の罪悪感を無神経に何度も何度も逆なでされて、それでも激高することはなく、結婚を理由に辞めていったけど、化粧っ気のない姿から最後の最後だけフルメイクで立ち去ったのを考えると、単純に結婚が理由で辞めたのではないとわかる。

舞台として俯瞰で見ると、ああその言葉は言ったらだめだって思ったり、求めてる言葉なそれじゃないって思ったり、何でそんな風に受け取るのってもどかしく思ったりするんだけど、人のある種の無神経さとか適当さとか空回りする感じとか、悪気なく放った言葉が誰かを傷つけるなんて当然なんだって、そこにいるのはもしかしたら自分かもしれないと思わされるから余計にもやもやとした。

中嶋が最後、このスイミングスクールに息子を殺されたという前田に向かって、「君も人殺してるから」って言葉を吐くんだけど、自覚的に発せられた言葉という「日常の中の凶器」のおぞましさ、パンフレットの中嶋の真っ赤な唇がぶわあっと思い起こされて鳥肌がたった。
見た直後は、怒りに任せた言葉なのか、諦めから出た言葉なのか、理解しきれなかったけど、今こうやって感想を整理していて、あれは自覚的だったと思い直した。
かつて前田のせいで自殺した同級生を、前田はすっかり忘れていて、でも中嶋もその同級生のことを忘れていた。
つまり、自分も人を殺していたと自覚したうえで、お前だけが被害者面をするなと釘を刺したのかなと思った。

でも、中嶋お前もデカい顔してんなよって思うとこなんだけど、多分中嶋は、ああ、自分はなんて無意識に人を殺してしまったんだと思いつつも、また平気で忘れるし、平気で傷つけるし、平気で殺める。そうやって生きていくってことを覚悟したんじゃないかと、最後のひとりでコンビニのおにぎりとサンドイッチを食べてるシーンで思った。

あの舞台の題名がなぜ口紅だったのか、見ていたらすごく納得するんだけど、言葉にうまく表せない。
言葉を介して誰かを殺してしまった返り血の暗喩なのか、自己防衛のための仮面をかぶる行為、つまり演技をしている象徴としてなのか、人を殺したことも化粧を落とすように忘れてしまうからなのか。
口紅をつけた真っ赤な唇から飛び出すのは真実か嘘か、誰かと対峙しているときは必ず誰もが目に見えない真っ赤な口紅をつけて武装して、己を守るための言葉を吐いていて、それで誰かが死んでも傷ついても真っ赤な唇のまま生きていくしかないのか。
赤坂レッドシアターはじめて行ったけど、あの閉塞感すごいな。口紅はあの小さいキャパの劇場だからこそ映える舞台だった。
きちんと理解しきれないからもう一回見たいけど、あんな逃げ場のない居心地の悪い空間にまたいくのはやだし、千秋楽だったので不可能だしつらい。
見る人によってまた違った感想が出てくるだろうから、舞台口紅の地獄みたいな感想文をもっと読みたい。

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